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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

其末孫或云二伯楽一或云二連索一、(注略)或云二唐土一。世云二非人一。(下略)

と云っているのは、その当時の所伝として貴重なる文字だと言わねばならぬ。ここに燕丹とはエタの事である。この説は既に室町時代に行われたもので、蔭涼軒日録(長享二年八月十一日及び卅一日条)にもその事が見えている。燕丹のこともとより僻説取るに足らぬものではあるが、しかし右の袋中の記事によって、かつては藁履作りや秤作り、ないし弦差の輩をエタと云い、それをサンカとも非人とも云っていた事が知られるのは面白い。

エタが皮作りの職人のみでなく、かつては浄人(塵袋)をも、河原者(※(「土へん+蓋」、第3水準1-15-65)嚢抄)をも、青屋(三好記雍州府志)をも、エタの名を以て呼んでいた事は、「エタと皮多」(三巻六号)の条下にも既に説き及んでおいた事である。すなわちもとはその語の及ぶ範囲が極めて広かったもので、徳川時代の法令に所謂エタは、ただその中の或る限られたる一部分に過ぎないのであった。そして戦国時代以来の実際に通暁している筈の袋中和尚は、そのエタすなわち所謂「燕丹」を以て、藁履作・秤作・弦差の徒となし、これすなわち三家者で、或いは非人ともいうと説いているのである。