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「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页
国栖の名義
大和吉野の山中に国栖という一種の異俗の人民が居た。所謂山人の一種で、里人とは大分様子の違ったものであったらしい。応神天皇の十九年に吉野離宮に行幸のあった時、彼ら来朝して醴酒を献じた。日本紀には正に「来朝」という文字を使っている。彼らは人となり淳朴で、常に山菓を取って喰う。また蝦蟆を煮て上味とする。その土は京(応神天皇の都は高市郡の南部大軽の地)よりは東南、山を隔てて吉野河の河上に居る。峯峻しく、谷深く、道路狭※(「山+獻」、第4水準2-8-74)であるが為に、京よりは遠からずといえども、古来出て来た事が稀であった。これより後しばしば来朝して、栗菌や年魚の類を土毛として献上するとある。践祚大嘗会等の大儀に、彼らが列して、所謂国栖の奏をとなえ、土風の歌舞を演ずる事は儀式上著名な事で、大正御大典の時にも、伶人が国栖代として、これを奏したと承っている。
久須という名義については、北陸方面の蝦夷を高志人と云い、樺太アイヌを苦夷と云い、千島アイヌを「クシ」というと同語で、蝦夷の事であろうという説がある。自分はクシ・コシ・クイ皆同語で、「蝦夷」というも、もとはまた「カイ」