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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

倭国とは、委しくは倭人の国の義で、もとは一国の名称として呼ばれたものではなかった。倭人とは、支那の古代において東方海島の住民を呼んだ名称で、それが統一なき数多の小国に分れていたので、支那の史籍で始めて我が国のことを記した漢書の地理志には、「楽浪海中に倭人あり。分かれて百余国となる。歳時をもって来献すと云ふ」とある。漢の武帝が朝鮮を征して、楽浪郡以下の四郡を置くに及び、我が九州地方なる所謂倭人の豪族らが、ここに始めて支那と交通を開くに至ったのである。もっともその以前から東方に倭人なるものの存在したことは、古代の支那人にも知られていたらしく、周の成王の時に倭人暢草を貢すとのことがあり、支那の古い地理書なる山海経にも、朝鮮半島の北部にあった蓋という国の位置を記して、「蓋国は鉅燕の南、倭の北にあり。倭は燕に属す」など見えている。燕は周末戦国時代において、今の遼東地方に割拠した強国である。けだし太古においては、所謂倭人は朝鮮半島の南部から、我が九州地方にわたりてその存在が認められていたのであった。

これらの倭人は統一なき数多の小国家に分れて、所謂百余国を為し、各自王と称して、漢と交通を開いたものであったが、中にも今の筑前博多地方にあった奴国の王は、後漢の光武帝の時に入貢してその冊封を受け、印綬を賜わったことが後