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「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页
四 日出処と日没処
しかし琉球では、なお古代の呼び名のままに、畿内の一地方たる大和をオオヤマトと称し、日本国の場合には、これをヤマトと呼ぶ例であった。かくて畿内の一国としてのヤマトには、後までも「大倭」の文字がそのままに用いられ、我が国家の名としては、別に「日本」の文字が採用せられることになったのである。
四 日出処と日没処
「倭」または「大倭」の文字を以て我が日本国家を表わすことは、もと支那人の誤り用いたところをそのままに襲用したもので、応神天皇以来の支那の南朝諸国との交通の際には、便宜その文字を用いられたもののようではあるが、それはもとより我が国号として適当のものではない。またもともとヤマトとは大和一国の名であって、それに対して慣用上「倭」または「大倭」の文字を当つることはともかくもとして、広く大和朝廷治下の国家の号としては、別にこれを制定するの必要がある。ここにおいて推古天皇の小野妹子を隋に遣わし給うに当り、始めて「日出処」の号を用い給うたのであった。しかし、これはただ従来の倭国の称を否定しただけで、我が国が地理上支那と東西相対するの位置の関係から、しか呼んだに過ぎないものであった。