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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

光春も、程経てから、やがてそこを出て来た。そして廊下を歩みながら侍部屋へ声をかけた。

小姓までが慌てて彼のあとに従ってその居室へ入った。光春はすぐ料紙と硯を求め、もう書くべき文言は頭のうちに出来ていたものの如く、苦もなく筆を走らせた。

「返書じゃ。これを横川の和尚の使いに持たせて帰せ」

と、侍臣のひとりに渡すと、もうその用件には何の顧念ないように、ほかの家臣を顧みて、

「光秀様には、あれからずっと、御熟睡しておらるるようか?」

と、たずねた。そして、

「御寝所はいとお静かのように窺われまする」

と聞くと、初めて、

「そうか」

と、眉をひらいて、自分もともに心の安まったような顔をした。

十九、二十日、二十一日と、それからの数日を、光秀はなすこともなく、坂本城に過していた。

すでに中国出陣の命をうけている身である。なお多少の余日はあるにしても、一刻もはやく居城の丹波亀山へ帰って、家中に動員を令し、万端の準備をいそぐべきではあるまいか。

「その途中にこうして、幾日も無為においで遊ばしては、いよいよ安土への聞えもよろしくあるまいに」

光春は直言したかった。

しかし光秀の心気を思うと、それも云い出し得ないのである。