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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

あわてふためいて、

「北之門だ。いや水門だ」

と、右往左往する混乱ぶりが闇のなかにもよくわかる。

虎之助は、その片鎌の槍をしごいて、敵兵二、三名を引っかけた。

うしろから、続いて来るものがある。頻りに、敵を斬って自分のあとについてくる。

振り向いているいとまはないが、虎之助は心のうちで、

(覚兵衛だな)

と、知っていた。

飯田覚兵衛という家来は、彼が十七のときに召し抱えたものである。その頃、長浜の城で木村大膳の手に属し、主人秀吉から初めて三百七十石の禄をもらったとき、虎之助はそのうち百石を割いて、山城八幡村から一名の浪人をよんで抱えた。それが飯田覚兵衛だった。

(まだ幾人もの郎党をお持ちにならなければならないのに、三百七十石のうち、てまえ一人がその三分の一も戴いてしまっては)

と、覚兵衛はひどく迷惑がったが、虎之助は、

(いや、その十倍も百倍も与えなければ、おまえほどの男前の者に、主人顔はできない。小身のうちは、それだけでゆるしておけ)

と、ほとんど長上に対するような礼をもって抱えていた。

(この人のためには)

と、覚兵衛が誓っていたことは無言のうちにもあらわれていた。