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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
と、彼女は出かける四五日も前から大騒ぎをして、有るだけのものを引っ張り出して、それに一々手を通して見るのです。
「ああ、それがいいだろう」
と、私もしまいには面倒になって好い加減な返辞をすると、
「そうかしら? これで可笑しかないかしら?」
と鏡の前をぐるぐる廻って、
「変だわ、何だか。あたしこんなのじゃ気に入らないわ」
と直ぐ脱ぎ捨てて、紙屑のように足で皺くちゃに蹴飛ばして、又次の奴を引っかけて見ます。が、あの着物もいや、この着物もいやで、
「ねえ、譲治さん、新しいのを拵えてよ!」
となるのでした。
「ダンスに行くにはもっと思いきり派手なのでなけりゃ、こんな着物じゃ引き立ちはしないわ。よう! 拵えてよう! どうせこれからちょいちょい出かけるんだから、衣裳がなけりゃ駄目じゃないの」
その時分、私の月々の収入はもはや到底彼女の贅沢には追いつかなくなっていました。元来私は金銭上の事にかけてはなかなか几帳面な方で、独身時代にはちゃんと毎月の小遣いを定め、残りはたとい僅かでも貯金するようにしていましたから、ナオミと家を持った当座は可なりの余裕があったものです。そして私はナオミの愛に溺れてはいましたけれど、会社の仕事は決して疎かにしたことはなく、依然として精励恪勤な模範的社員だったので、重役の信用も次第に厚くなり、月給の額も上って来