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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
二十八
「大分細かく念を押すんだね」
「そりゃあそうよ、初めに条件を極めて置くのよ。―――どう? 承知した? そんなにまでしてあたしを奥さんに持つのはイヤ?」
「イヤじゃないッたら、―――」
「イヤならイヤと仰っしゃいよ、今のうちならどうでもなるわよ」
「大丈夫だってば、―――承知したってば、―――」
「それからまだよ、―――もうそうなったらこんな家にはいられないから、もっと立派な、ハイカラな家へ引っ越して頂戴」
「無論そうする」
「あたし、西洋人のいる街で、西洋館に住まいたいの、綺麗な寝室や食堂のある家へ這入ってコックだのボーイを使って、―――」
「そんな家が東京にあるかね?」
「東京にはないけれど、横浜にはあるわよ。横浜の山手にそう云う借家がちょうど一軒空いているのよ、この間ちゃんと見て置いたの」
私は始めて彼女に深いたくらみがあったのを知りました。ナオミは最初からそうする積りで、計画を立てて、私を釣っていたのでした。
二十八
さて、話はこれから三四年の後のことになります。
私たちは、あれから横浜へ引き移って、かねてナオミの見つけて置いた山手の洋館を借りましたけれども、だんだん贅沢が身に沁みるに従い、やがてその家も手狭だと云うので、間もなく本牧の、前に瑞西人の家族が住んでいた家を、家具ぐるみ買って、そこへ這入るようになりました。