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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

七

以前はどんなにだだを捏ねても叱言を云えば素直に聴いたものですが、もうこの頃では少し気に喰わないことがあると、直ぐにむうッと膨れ返る。それでもしくしく泣いたりされればまだ可愛げがありますけれど、時には私がいかに厳しく叱りつけても涙一滴こぼさないで、小憎らしいほど空惚けたり、例の鋭い上眼を使って、まるで狙いをつけるように一直線に私を見据える。―――もし実際に動物電気と云うものがあるなら、ナオミの眼にはきっと多量にそれが含まれているのだろうと、私はいつもそう感じました。なぜならその眼は女のものとは思われない程、烱々として強く凄じく、おまけに一種底の知れない深い魅力を湛えているので、グッと一と息に睨められると、折々ぞっとするようなことがあったからです。

七

その時分、私の胸には失望と愛慕と、互に矛盾した二つのものが交る交る鬩ぎ合っていました。自分が選択を誤ったこと、ナオミは自分の期待したほど賢い女ではなかったこと、―――もうこの事実はいくら私のひいき眼でも否むに由なく、彼女が他日立派な婦人になるであろうと云うような望みは、今となっては全く夢であったことを悟るようになったのです。