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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

十七

「それは一昨日、―――あなたに見つかったあの晩でした。ナオミさんは、僕があの晩すねていたもんですから、御機嫌を取るつもりか何かで、明後日大森へ来てくれろって云ったんですが、勿論僕も悪いんですよ。僕はナオミさんと絶交するか、でなけりゃ熊谷と喧嘩をするのが当り前だのに、それが僕には出来ないんです。自分も卑屈だと思いながら、気が弱くって、ついぐずぐずに奴等と附き合っていたんです。ですからナオミさんに欺されたとは云うものの、つまり自分が馬鹿だったんですよ」

私は何だか、自分のことを云われているような気がしました。そして「松浅」の座敷へ通って、さし向いに坐って見ると、どうやらこの男が可愛くさえなって来るのでした。

十七

「さあ、浜田君、君が正直に云ってくれたので、僕は非常に気持がいい。とにかく一杯やりませんか」

そう云って私は、杯をさしました。

「じゃあ河合さんは、僕を赦して下さるんですか」

「赦すも赦さないもありませんよ。君はナオミに欺されていたので、僕とナオミとの間柄を知らなかったと云うのだから、ちっとも罪はない訳です。もう何とも思ってやしません」

「いや、有難う、そう云って下されば僕も安心するんです」