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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

十九

………」

「それであなたは、昔のような幸福が戻って来ると思うのかしら?」

「昔のようではないかも知れない、けれども真の幸福が、………」

「いや、いや、あたしはそれなら沢山だわ」

そう云って彼女は、私の言葉が終らないうちに激しく冠を振るのでした。

「あたし、昔のような幸福が欲しいの。でなけりゃなんにも欲しくはないの。あたしそう云う約束であなたの所へ来たんだから」

十九

ナオミがどうしても子供を生むのが厭だというなら、私の方には又もう一つ手段がありました。それは大森の「お伽噺の家」を畳んで、もっと真面目な、常識的な家庭を持つと云う一事です。全体私はシンプル・ライフと云う美名に憧れて、こんな奇妙な、甚だ実用的でない絵かきのアトリエに住んだのですが、われわれの生活を自堕落にしたのはこの家のせいも確かにあるのです。こう云う家に若い夫婦が女中も置かずに住まっていれば、却ってお互に我が儘が出て、シンプル・ライフがシンプルでなくなり、ふしだらになるのは已むを得ない。それで私は、私の留守中ナオミを監視するためにも、小間使いを一人と飯焚きを一人置くことにする。主人夫婦と女中が二人、これだけが住まえるような、所謂「文化住宅」