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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
六
これも何とか云う亜米利加の活動劇の男装からヒントを得て、黒いビロードで拵えさせた三ツ組の背広服などは、恐らく一番金のかかった、贅沢な室内着だったでしょう。それを着込んで、髪の毛をくるくると巻いて、鳥打帽子を被った姿は猫のようになまめかしい感じでしたが、夏は勿論、冬もストーヴで部屋を暖めて、ゆるやかなガウンや海水着一つで遊んでいることも屡ありました。彼女の穿いたスリッパの数だけでも、刺繍した支那の靴を始めとして何足くらいあったでしょうか。そして彼女は多くの場合足袋や靴下を着けることはなく、いつもそれらの穿物を直かに素足に穿いていました。
六
当時私は、それほど彼女の機嫌を買い、ありとあらゆる好きな事をさせながら、一方では又、彼女を十分に教育してやり、偉い女、立派な女に仕立てようと云う最初の希望を捨てたことはありませんでした。この「立派」とか「偉い」とか云う言葉の意味を吟味すると、自分でもハッキリしないのですが、要するに私らしい極く単純な考で、「何処へ出しても耻かしくない、近代的な、ハイカラ婦人」と云うような、甚だ漠然としたものを頭に置いていたのでしょう。