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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

二十六

「今夜はちょっと本を二三冊取りに来ただけなの。まさかあたしが、大きな荷物を一度に背負って行かれやしないわ。おまけにこんななりをしていて」

私の鼻は、その時何処かで嗅いだことのあるほのかな匂を感じました。ああこの匂、………海の彼方の国々や、世にも妙なる異国の花園を想い出させるような匂、………これはいつぞや、ダンスの教授のシュレムスカヤ伯爵夫人、………あの人の肌から匂った匂だ。ナオミはあれと同じ香水を着けているのだ。………

私はナオミが何と云っても、ただ「うんうん」と頷いただけでした。彼女の姿が再び夜の闇に消えてしまっても、まだ部屋の中に漂いつつ次第にうすれて行く匂を、幻を趁うように鋭い嗅覚で趁いかけながら。………

二十六

読者諸君、諸君は既に前回までのいきさつのうちに、私とナオミとが間もなく撚りを戻すようになることを、―――それが不思議でも何でもない、当然の成り行きであることを、予想されたでありましょう。そうして事実、結果は諸君の予想通りになったのですが、しかしそうなってしまうまでには思いの外に手数が懸って、私はいろいろ馬鹿な目を見たり、無駄な骨折りをしたりしました。