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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

「あの金で買って上げるよ、ね、いいだろう、………」

「だって、そうしたら困りやしない?………」

「困ってもいいよ、どうにかするから」

「じゃあ、どうする?」

「国へそう云って、金を送って貰うからいいよ」

「送ってくれる?」

「ああ、それあ送ってくれるとも。僕は今まで一度も国へ迷惑をかけたことはないんだし、二人で一軒持っていればいろいろ物が懸るだろうぐらいなことは、おふくろだって分っているに違いないから。………」

「そう? でもおかあさんに悪くはない?」

ナオミは気にしているような口ぶりでしたが、その実彼女の腹の中には、「田舎へ云ってやればいいのに」と、とうからそんな考があったことは、うすうす私にも読めていました。私がそれを云い出したのは彼女の思う壺だったのです。

「なあに、悪い事なんかなんにもないよ。けれども僕の主義として、そう云う事は厭だったからしなかったんだよ」

「じゃ、どう云う訳で主義を変えたの?」

「お前がさっき泣いたのを見たら可哀そうになっちゃったからさ」

「そう?」

と云って、波が寄せて来るような工合に胸をうねらせて、羞かしそうなほほ笑みを浮べながら、

「あたし、ほんとに泣いたかしら?」