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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

向うへ着いたのは七時半を過ぎていたので、ダンスは既に始まっていました。騒々しいジャズ・バンドの音を聞きながら梯子段を上って行くと、食堂の椅子を取り払ったダンス・ホールの入口に、“Special Dance ― Admission : Ladies Free, Gentlemen \3.00”と記した貼紙があり、ボーイが一人番をしていて、会費を取ります。勿論カフエエのことですから、ホールと云ってもそんなに立派なものではなく、見わたしたところ、踊っているのは十組ぐらいもあったでしょうが、もうそれだけの人数でも可なりガヤガヤ賑っていました。部屋の一方にテーブルと椅子と二列にならべた席があって、切符を買って入場した者は各その席を占領し、ときどきそこで休みながら、他人の踊るのを見物するような仕組になっているのでしょう。そこには見知らない男や女が彼方に一団、此方に一団とかたまりながらしゃべっています。そしてナオミが這入って来ると、彼等は互に何かコソコソ囁き合って、こう云う所でなければ見られない、一種異様な、半ば敵意を含んだような、半ば軽蔑したような胡散な眼つきで、ケバケバしい彼女の姿を捜るように眺めるのでした。