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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

「あ、それがいい、それがいい」

と、ナオミは熊谷を振り返って、

「まアちゃんも猿を呼んどいでよ、みんな一緒になろうじゃないの」

「うん、よかろう、だがもうダンスが始まったぜ、一つお前と踊ってからにしようじゃないか」

「あたしまアちゃんじゃ厭だけれど、仕方がない、踊ってやろうか」

「云うな云うな、習いたての癖にしやがって」

「じゃ譲治さん、あたし一遍踊って来るから見てらッしゃい。後であなたと踊って上げるから」

私は定めし悲しそうな、変な表情をしていたろうと思いますが、ナオミはフイと立ち上って、熊谷と腕を組みながら、再び盛んに動き出した群集の流れの中へ這入って行ってしまいました。

「や、今度は七番のフォックス・トロットか、―――」

と、浜田も私と二人になると何となく話題に困るらしく、ポケットからプログラムを出して見て、こそこそ臀を持ち上げました。

「あの、僕ちょっと失礼します、今度の番は綺羅子さんと約束がありますから。―――」

「さあ、どうぞ、お構いなく、―――」

私は独り、三人が消えてなくなった跡へボーイが持って来たウイスキー・タンサンと、所謂「フルーツ・カクテル」なるものと、四つのコップを前にして、茫然と広場の景気を眺めていなければなりませんでした。