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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
ナオミ、ナオミ! 己はどうして今夜彼女を置き去りにして来たのだろう。ナオミが傍に居ないからいけないんだ、それが一番悪い事なんだ。―――私はナオミの顔さえ見れば、このイライラした心持が幾らか救われる気がしました。彼女の闊達な話声を聞き、罪のなさそうな瞳を見れば疑念が晴れるであろうことを祈りました。
が、それにしても、若しも彼女が再び雑魚寝をしようなどと云い出したら、自分は何と云うべきだろうか? この後自分は、彼女に対し、彼女に寄りつく浜田や熊谷や、その他の有象無象に対し、どんな態度を執るべきだろうか? 自分は彼女の怒りを犯しても、敢然として監督を厳にすべきであろうか? それで彼女が大人しく自分に承服すればいいが、反抗したらどうなるだろう? いや、そんなことはない。「自分は今夜会社の奴等に甚だしい侮辱を受けた。だからお前も世間から誤解されないように、少し行動を慎しんでおくれ」と云えば、外の場合とは違うから、彼女自身の名誉のためにでも、恐らく云うことを聴くであろう。若しその名誉も誤解も顧みないようなら、正しく彼女は怪しいのだ。Kの話は事実なのだ。若し、………ああ、そんな事があったら………