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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

とナオミが云う。

「そう云えばパパさんは、この頃あたしをお湯に入れてくれないのね、あの時分にはあたしの体を始終洗ってくれたじゃないの」

「ああそうそう、そんな事もあったっけね」

「あったっけじゃないわ、もう洗ってくれないの? こんなにあたしが大きくなっちゃ、洗うのは厭?」

「厭なことがあるもんか、今でも洗ってやりたいんだけれど、実は遠慮していたんだよ」

「そう? じゃ、洗って頂戴よ、あたし又ベビーさんになるわ」

こんな会話があってから、ちょうど幸い行水の季節になって来たので、私は再び、物置きの隅に捨ててあった西洋風呂をアトリエに運び、彼女の体を洗ってやるようになりました。「大きなベビさん」―――と、嘗てはそう云ったものですけれど、あれから四年の月日が過ぎた今のナオミは、そのたっぷりした身長を湯船の中へ横たえて見ると、もはや立派に成人し切って完全な「大人」になっていました。ほどけば夕立雲のように、一杯にひろがる豊満な髪、ところどころの関節に、えくぼの出来ているまろやかな肉づき。そしてその肩は更に一層の厚みを増し、胸と臀とはいやが上にも弾力を帯びて、堆く波うち、優雅な脚はいよいよ長くなったように思われました。