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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
彼女は鎌倉の宿の方へ、マントや靴を持って来てはいないのですから、それは誰かの借り物に違いありません。風が吹くのでマントの裾がぱたぱためくれそうになる、それを内側から両手でしっかり体へ巻きつけているらしく、歩く度毎にマントの中で大きな臀が円くむっくりと動きます。そして彼女は酔っ払いのような歩調で、両方の肩を左右の男に打ッつけながら、わざとよろけて行くのでした。
それまでじっと小さくなって息をこらしていた私は、彼等との距離が半町ぐらい隔たって、白い浴衣が遠くの方にほんのちらちら見える時分、始めて立ち上ってそっとその跡を追いました。最初彼等は、海岸を真っすぐに、材木座の方へ行くのだろうかと思われましたが、中途でだんだん左へ曲って、街の方へ出る沙山を越えたようでした。彼等の姿が、その沙山の向うへ隠れきってしまうと、私は急に全速力で山へ駈け上り始めました。なぜなら私は、ちょうど彼等の出る路が、松林の多い、身を隠すのに究竟な物蔭のある、暗い別荘街であるのを知っていたので、そこならもっと傍へ寄っても、多分彼等に発見される恐れはないと思ったからです。
降りると忽ち、彼等の陽気な唄声が私の耳朶を打ちました。