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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
「ふむ、………」
と云って、不承々々に、睡そうな返辞をしたのは、私が二三度怒鳴ってからでした。
「おい! 起きないかったら!」
「ふむ、………」
そう云ったきり、又暫くは起きそうにもしません。
「おい! 何してるんだ! おいッたら!」
私は立ち上って、足で彼女の腰のあたりを乱暴にぐんぐん揺す振りました。
「あーあ」
と云って、先ずにょっきりとそのしなしなした二本の腕を真っ直ぐに伸ばし、小さな、紅い握り拳をぎゅッと固めて前へ突き出し、生あくびを噛み殺しながらやおら体を擡げたナオミは、私の顔をチラと偸んで、すぐ側方を向いてしまって、足の甲だの、脛のあたりだの、背筋の方だの、蚊に喰われた痕を頻りにぼりぼり掻き始めました。寝過ぎたせいか、それともこっそり泣いたのであろうか、その眼は充血して、髪は化け物のように乱れて、両方の肩へ垂れていました。
「さ、着物を着換えろ、そんな風をしていないで」
母屋へ行って着物の包みを取って来てやり、彼女の前へ放り出すと、彼女は一言も云わないで、つんとしてそれを着換えました。それから晩飯の膳が運ばれ、食事を済ましてしまう間、二人はとうとう孰方からも物を云いかけませんでした。