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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

これは彼女に泥を吐かせると云うような考は止めにして、いっそ此方から今日の出来事を話してしまった方がいい。そうすればいくら強情でもそれを知らないとは云えないだろう。よし、そうしようと思ったので、

「僕は今日、朝の十時頃に大森へ寄ったら浜田に遇ったよ」

と、先ずそんな風に云って見ました。

「ふうん」

とナオミは、さすがにぎょッとしたらしく私の視線を避けるように、鼻の先でそう云いました。

「それからかれこれするうちに飯時になったもんだから、浜田を誘って『松浅』へ行って、一緒に飯を喰ったんだ。―――」

もうそれからはナオミは返辞をしませんでした。私は彼女の顔色に絶えず注意を配りながら、あまり皮肉にならないように諄々と話して行きましたが、話し終ってしまうまで、ナオミはじっと下を向いて聴いていました。そして悪びれた様子はなく、ただ頬の色がこころもち青ざめただけでした。

「浜田がそう云ってくれたので、僕はお前に聞くまでもなくみんな分ってしまったんだ。だからお前は何も強情を張ることはない。悪かったらば悪かったと、そう云ってくれさえすればいいんだ。………どうだい、お前、悪かったかね? 悪いと云うことを認めるかね?」