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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

「あの大久保の別荘ですか?」

「あなたの借りていらしった、植木屋の離れ座敷ですよ」

「ふうむ、………」

と云ったなり、まるで息でも詰まったようにしんと沈んでしまった私は、

「ふうむ、そうか、実際驚きましたなあ」

と、やっと呻るような声を出しました。

「だからあの時分、恐らく一番迷惑したのは植木屋のかみさんだったでしょうよ。熊谷の義理があるもんだから、出てくれろとも云う訳に行かず、そうかと云って自分の家が一種の魔窟になってしまって、いろんな男がしっきりなしに出入りするんで、近所隣りには体裁が悪いし、それに万一、あなたに知れたら大変だと思うもんだから、ハラハラしていたようでしたよ」

「ははあ、成る程、そう云われりゃあ、いつだか僕がナオミのことを尋ねると、かみさんがひどく面喰って、オドオドしていたようでしたが、そう云う訳があったんですか。大森の家は君の密会所にされるし、植木屋の離れは魔窟になるし、それを知らずにいたなんて、イヤハヤどうも、散々な目に遭ってたんだな」

「あ、河合さん、大森のことは云いッこなし! それを云われると詫まります」

「あはははは、なあにいいですよ、もう何もかも一切過去の出来事だから、差支えないじゃありませんか。