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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

「譲治さん、剃ってくれるのはいいけれど、一つの条件があることよ」

と、云い出しました。

「条件?」

「ええ、そう。別にむずかしい事じゃないの」

「どんな事さ?」

「剃るなんて云ってゴマカして、指で方々摘まんだりしちゃ厭だわよ、ちっとも肌に触らないようにして、剃ってくれなけりゃ」

「だってお前、―――」

「何が『だって』よ、触らないように剃れるじゃないの、シャボンはブラシで塗ればいいんだし、剃刀はジレットを使うんだし、………床屋へ行っても上手な職人は触りゃしないわ」

「床屋の職人と一緒にされちゃあ遣り切れないな」

「生意気云ってらあ、実は剃らして貰いたい癖に!―――それがイヤなら、何も無理には頼まないわよ」

「イヤじゃあないよ。そう云わないで剃らしておくれよ、折角支度までしちゃったんだから」

私はナオミの、抜き衣紋にした長い襟足を視詰めると、そう云うより外はありませんでした。

「じゃ、条件通りにする?」

「うん、する」

「絶対に触っちゃいけないわよ」

「うん、触らない」

「もしちょっとでも触ったら、その時直ぐに止めにするわよ。その左の手をちゃんと膝の上に載せていらっしゃい」

私は云われる通りにしました。