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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
の範囲を越えるようなことはしなかったのです。勿論私の心の中には、ナオミを措いて自分の妻にするような女はいない、あったところで今更情として彼女を捨てる訳には行かないという考が、次第にしっかりと根を張って来ていました。で、それだけに猶、彼女を汚すような仕方で、或は弄ぶような態度で、最初にその事に触れたくないと思っていました。
左様、私とナオミが始めてそう云う関係になったのはその明くる年、ナオミが取って十六歳の年の春、四月の二十六日でした。―――と、そうハッキリと覚えているのは、実はその時分、いやずっとその以前、あの行水を使い出した頃から、私は毎日ナオミに就いていろいろ興味を感じたことを日記に附けて置いたからです。全くあの頃のナオミは、その体つきが一日々々と女らしく、際立って育って行きましたから、ちょうど赤子を産んだ親が「始めて笑う」とか「始めて口をきく」とか云う風に、その子供の生い立のさまを書き留めて置くのと同じような心持で、私は一々自分の注意を惹いた事柄を日記に誌したのでした。私は今でもときどきそれを繰って見ることがありますが、大正某年九月二十一日―――即ちナオミが十五歳の秋、―――の条にはこう書いてあります。