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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
「いちばん上のお坊は幾つになられましたかな?」
昂奮が通りすぎてしまい、礼儀ただしい日頃の習慣が水のようにそのあとを浸し、おのずと安倍は、阿賀妻に一目おいたかたちになっていた。丁重に短かく答えた。
「七つになっております」
「云うまでもないが、素読など、お授けになっておりましょうな」
「なかなか――」
「それはいかん、早くおちつかねばいかん」
「そうも考えますが――」と安倍は何気なく顔をそむけて、右手にあたる暗い海を見た。
星も見えぬ夜だが、くだける波頭はほの白くそれと見わけられた。
――ひとたび剥きだしにした反感は、そんなに早急におさまるものではなかった。さあらぬように話しかけられたことは、表面おちつきかけたものを掻き立てて、またぶすぶすと燻らしたに等しかった。結果はなぜか、安倍の方が脆くも敗れたようであった。たぶんこの論争は、よしんば勝ったにしてもひどく後口のわるいものであったに違いない。だのに、負けたと決すれば、それがまた居たたまれない焦慮だ。それ故、彼は求めて同行して来た。
もう一秒だけ自分が冷静であり得たならば、こういう立場を取る人間は自分でなかったかも知れない。