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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
ほんの一瞬の差が一時間のあとには莫大もない懸隔をつくるのである。今の安倍には、慰めや同情も罵詈や嘲笑とおなじであった。阿賀妻がしみじみと話しかけるのに、彼はすなおに反応出来ないのだ。
けじめもつかぬ黒い海の彼方に向って、彼は沈んだ顔をそっと移した。眼には一つの状景が浮んでいた。――先程わかれた相田清祐が、光るような銀髪をランプにかがやかし、主君邦夷の面前で報告している。折柄、丁度この時刻であろうとも思いあわされるのだ。うっとり聞き入っている邦夷が、そうかあいつが、か、と、傍目にちらりと一瞥して、それが安倍誠之助の面上にぴしりと鞭のようにおちた。
安倍は思わず身ぶるいが出た。目をおとして彼は云った。
「さぶくなってまいりました」
誰も答えなかった。声はむなしく浜風に吹きさらわれた。
かざした炬火は、炎と煤とで、赤くただれ、兇悪な形相をした生きもののようにのたうちまわった。人々は、半面を照らされたり闇に埋められたりした。彼らの表情は揉みくちゃになり険しい影をきざんで変貌きわまりないのだ。足もとの砂はめらめらと赤くなり、はたと夜に呑まれたりした。
阿賀妻が舌を鳴らした。