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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

むろん見わけられるものではなかったが、何か一言弁じておいて貰いたいのであった。すがりつくように云った。

「なア門田」

「うん――」とその男は肩をそびやかした。

「失礼だが、その――何と仰言られる名前でしたかな」

「はい、この松岡長吉でも」と門田与太郎は同輩の男を示して阿賀妻に紹介した。「たたき大工くらいにはやって見せられます」

「なアる――」と、もとの家老は、深くうなずいて、『なるほど』のあと半分をのみこんでしまった。そこへ自分の肩をならべて行って、もとの軽格武士である門田与太郎は、「ねえ、阿賀妻さん」と話しかけた。おもい夜が気持を自由にしていた。先方の手にあった提灯が消えてしまい、役付け武士の安倍がそれとなくはなれて前に出たので、彼らの気持はひろく楽になっていた。隔てなく何でも喋れそうな気持になっていた。

「折柄の闇にまぎれて、恥をさらけださして下さい、それが、口を糊するわれわれの修業になっていたのです、手に職を持つことが、まん更ご存じないこともござりますまいが、大工、左官、傘張り、提灯貼り、建具、経師――と、まずいながら、ご入用とあればいつでも役立てましょう、腕は、――戦場に役立てるべきこの腕は」