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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

そう云って、彼は交互に自分の腕をなぐりつけ、気軽に、むしろ笑いごえで云い足すのであった。

「使って下さい、この通り――しかし、阿賀妻さん、公然とこの手職をお役に立てる時代になりましたか、とうとう?」

「なりました」

「阿賀妻どの」と、今度は先導のものが立ちどまって呼びかけた、「灯が見えますが」

ひときわ高い大野順平が彼方の灯に見入っていた。ふりかざした彼の炬火が海の方になびいて、そのながい炎に照しだされた彼らが闇のなかに浮んだ。

「こちらに向いてまいりますな」

「どのあたりでしょう――あれは?」と戸田老人が背のびをした。

「渡船場のあたりか」と一人が云った。

「左様――そして、こちらへ参る」

「しかと、こちらへ、参りおるのか、こんな時刻に」阿賀妻はそう念を押してゆっくり人々の前に出るのであった。

「多分先方もそう思うて望み見ているでしょう」と大野順平は笑って、「かまわず行くといたしましょうか」

「それはそう、――行かなければなりません」

彼らは一列に、放陣を布く形で歩いていた。明滅する先方の光りはイシカリ河口に起伏する砂ッ原にかかったらしい。その灯も一つではなかった。