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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
やがて朧ろげながら、灯を囲んだ若干の足音も感ぜられた。漁夫の移動であるかも知れない。茫寞として暗闇のなかに、敵意と愛情を感じあいながらお互いの火は接近して行くのである。砂浜はひろいけれど、路となっているものは踏みかためた一本の線である。爪先でさぐるようにして用心ぶかく歩いていた。
好奇心と緊張は灯影に人の姿がちらつくようになって一層けわしくなった。相手の何ものであるかを見抜こうと目を釣りあげていた。灯を持った先導のものは最も緊張している。片手を刀のつかにかけていた。次第によっては最悪の場面にもおくれなく身を処して行かねばならぬと用意するのだ。
曠野の夜更けは星ひとつ見えぬ暗さであった。在るものは自分らだけと思い、他を憶い浮べる余裕もなかった。過ぎた戦乱の日は、忘れ去るほど遠ざかってはいなかった。われから心の底におし潜ませた不満も、化石にもならず、過去の殻にもはいっていなかった。いとぐちさえあれば、どんなに形は変っても、忽然と噴きだして来る火のようなものを抱いていた。だから、この深夜に移動する一隊に就いてはお互いに疑惑の目を凝らすのである。それが人間であるから神経はいよいよ昂ぶるのだ。