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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
ちょっと言葉をきって彼は洋服のポケットに手を入れた。やがてその手に、紙綴りと矢立てをつかんでいた。それを卓の上において、斜め前にいた阿賀妻のそびえた鼻を横向きに見やるのであった。
「念のため控えを取ってきましたが」
「どうぞ――」と阿賀妻は云った。
使丁がお茶を持ってはいって来た。ごま塩の髷をのせたその老人は、永遠の使用人として満足している人間の神妙げな表情であった。さし込む赤い西陽を受け、彼の顔にある汚点まで浮んで見える。出張所の役人が立って茶盆を取った。彼は顎をしゃくって使丁を去らした。話の興味をさまたげまいとする心遣いであった。袂をおさえて湯呑を配り、さて、その話の続きを待つように隅の方に控えた。彼は堀を見、それから阿賀妻を見た。前のものは取りだした書類をひねくっていた。下ぶくれの短かい顎をきっと引きよせて、意志的な厚い唇を尖らせた。
阿賀妻は前に置かれた茶のみ茶碗を見ていた。彼の腕より四五寸先に、どうぞ――と云って置かれた湯あかの染みた瀬戸ものは、湛えたあかい番茶の表面に湯気のとぐろを作っていた。白いけむりのようなものが、一舞い舞ってするりと上に伸び、そして消えた。