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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「はア」と相手はしゃがんでいた。

逃げも逆らいもしなかった。引戸の前の埃ッぽい土の上に膝をついて、出て来るものを待ち受けていたのだ。ま上にはひろびろとしたあかるい空があり、地の上は蒼黒く、窪み窪みからは夜がひろがっていた。

「なにものじゃ?」

「はい――」と彼は顔をあげた。

置き去られた夕焼けが、仰向けたそのものの顔をうす闇のなかに照しだした。若ものであった。ふっくらとした頬の感じがひどくさわやかに見えた。

「伊達家のわかものじゃな」

記憶をたどるようにしていた役人は、見下してそう云った。税庫の工事場で見かけた顔であったから。

「はい、それがし高倉祐吉と申します」

「なにか、用か」

「はい、ご家老さまに」

「ご家老?――阿賀妻どのか、はいれ」

暗くなった家のなかでは使丁がランプの灯を入れていた。彼はのびあがって、それを堀大主典の前に吊した。人々の顔は黄ばんだ光に染めだされた。

使丁は身をひきながら、大主典に顔をよせて耳打ちした。

堀は目を剥いた。なに?――と聞きなおすのだ。

「ふン、よろしい」と彼は声に出して大儀げに云った、「ここに通すがいい」

使丁はおそれ入ったという風に腰をかがめて去った。