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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

十

と戸田老人は云った。

いや――と、そうは云えないのである。

「砥石はそこにある」

老人は流れの淀みを指さした。鎌の刃がこぼれたらそれで磨けと教えていた。

「はい」

「くどいようだが、火を燃しとるのじゃぞ、山鳥など射って来てご馳走しようから――」

彼は、岩に立てかけた自分の背負いごから頑固な火繩銃を取りだした。そして、木の下闇に吸われて行った。

十

誰のためかくも労苦に立ち向うのだ。誰のためでもない、すべては自分自身のためだ、――と、そう云うならそれも間違っている。自分だけのためならば、今になっても、取るべき手段は幾らでもあった。思うにこれは、父祖代々の恩義を彼が代って主君に報じているのだろう。だが、大義を取るべきが彼らの面目であるならば、土かつぎの疲労のみが報恩の方法とはうけがわれない。あれこれの特定な人間や事象を対置するだけではちぐはぐな気持であった。つまりそのときは、慾も得も無くなっていたのだ。おのれが無になっていた。何か無限なもののなかにかぽッと篏り、または、おのれのなかにその無限なものが隙間なくおさまっていたのだ。

道路係りの一隊はものを云うこともやめてしまった。