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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

なし、いずれは参らねばならぬ土地のことなれば、こうとなったら一刻も早う見たいと、かよう申しまして、――無理もありませぬわ」

相田清祐はそれを語ってみずから先ず感動した。全く、――無理もなかったのだ。この切実な思いは胸にせまって緊めつけて来た。彼らの家中にとって、そのトウベツの地には起死回生の想いがこもっていた。敢えて、女や子供だけの念願ではなかった。もっとも期待していたのは、ここにいる伊達邦夷その人であった。

さわやかな朝の空であった。陰暦八月の澄み渡った空は、草葉においた白い露から明らんで来た。やがて、東の空に、低く大きく、赤い太陽が肩をゆすって登りだした。

邦夷の吐く柔かな呼吸が、うすく靄がかっていた。陽を受けて、ふっくらと金色に変るのである。その靄を噛むようにして彼は云った。

「健脚のものだけならば」

「お許し下さいますか」と相田清祐は鼻をおさえてつづけた、「よろこびますことでございましょう、それでは早速」

「留守中の手配なども」

「畏りました」と老人は急ぎ足になっていた。

左右に揺れる彼の肩の動きに童児のような心のときめきが現われていた。過ぎた日だけが記憶に残って、その考えに沈んでいた老人が、このとき未来の明るさを見たのである。