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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
――開拓使庁の堀大主典と彼との間に交わされている移住資金に対する例の黙約について、今こそそれを実行させねばならぬところに来ていた。その最後の場面には、統率者として、もとの藩主である邦夷が、これが、開拓使庁のサッポロの主任である岩村判官と会わねばならぬ。「たのむ」「よろしい」と一言、声にだして取り交わさなければならないのである。その裏書きによって七百名の家臣はその家族とともに移って来ることが出来るであろう。
「差し出がましい処置ではございましたが、トウベツの原野を見あてた瞬間に、身どもはかような考えに捉われて、咄嗟にそのための費用のことに思いを致しました、まことにトウベツの原野はひろすぎる――」
遮ぎるようにして邦夷は問いかえした。
「ひろすぎる?」
「それは」と阿賀妻は眼を伏せて、口をつぐんだ。
彼は言葉に窮したのであった。はじめて開拓使庁に乗りこんだとき、堀盛なる青書生のあの役人が最初に云った言葉が、「狭い、狭い――」という頭からの否定であった。そう叫んで、彼は阿賀妻の拵えた地割りの図面をのびのびと訂正した。新しい時代に新しく起すここの農業は、旧藩に於ける農地の概念を当てはめることは出来ない。