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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

右手に持った差料をぼんやり左手に持ちかえていた。家臣たちの緊張も目にとまらなかったらしい。彼はゆっくりと、自分の心に浮んだ考えを追うように口を切った。

「判官とかいうものは、どだい、いかなるものか?」

「は!」と阿賀妻はなぜかまッ赤になっていた。

「どこのものか?」

「は!」

「そういう名は、ついぞ聞いたことも無かったが――」

うすい唇の両端をびッと引きさげて、ぼんの窪がびくりとふるえたのだ。日頃いだいていた成り上りの支配者に対する冷笑が、見えないほど迅く通りぬけた。

「そのものと会うことによって解決するというならば、それでは、一日も早いがよかろう、そうじゃろうが」

阿賀妻は身を揉むようにして膝をのりだした。だんだん蒼ざめて来た。深い眼窩のなかで濡れた眼がぎらついていた。彼はしわがれた声で叫んだ。

「成らさずには置きませぬ」

この時の主従の気持はひどくちぐはぐなものであった。問題は一にかかって、移住の資金貸付に関する交渉にあった。それがうまく行けば一切は水に流されてしまう。しかし、もしこじれたならばそのときはどうなるか? 計画の挫折だけではなかった。何百年来ささえて来た一城のあるじたる大名の面目が、そこで丸つぶれになるだろう。