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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「いよいよ、目睫の間に迫ってまいりました」

郷里を語ることは、彼にとってもうれしい思いであった。刻下の労苦はどこかに押しやられて、濾過された、花のような思い出だけが浮んでいた。

「うん」

「奥方さまはどんなにおさびしくあらせられたことか」

「うん」

「お坊さまも大きくなられたでございましょう、お待ちかねでございましょう」

阿賀妻は少しはなれてどっかり腰をおろした。もの憂げに腕をのばした。椅子の凭れをつかまえて青い海を眺めだした。

「子供らにはよい日を、な」

「さようでございます、それが第一――それから家中の人々にも」

「そうーオ」と、そう云った邦夷の語尾は、潮風に吹きとばされた。目に見えぬある種の表情がはしった。お互いにそれを感じあったが途端にすッと消えたのだ。ひょうびょうとした海風のためであったかも知れない。秋の海は冷たかった。日蔭にはいると身ぶるいを覚えた。

その際涯もない海の上には、くずれる白い波頭のかげに、海坊主のように、残しておいた家中のものが――それらにこれから会いに行くのだが――にょきにょきと記憶の中に思い描かれた。姓名と性格をもってそこに彼らは端然と座している。