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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

彼は泣いていたのだ。便宜のために傭われたものであるという自分の立場は、そのときを境にして消えてしまった。一行の悲しみや喜びは、じかに彼の胸にせまっていた。彼らよりも一層投げやりにそれを表わすことが出来た。歩くにつれて腹の底に落ちつくこの感動は、阿賀妻らに対する畏敬に変って彼の頭を熱くするのだ。手当り次第――誰かに向って喋らずにはいられないような胸の閊えでもあった。

「だんな?――もし?」

彼は追いすがるようにして呼びかけた。――あの大将は並大抵のえらぶつじゃアありませんぜ、

と、彼は云いたかった。――そうだ、その通りだ、と答えて貰えそうな気がしていた。

玉目三郎は浅瀬をこぎ渡っていた。水の音が人夫の声をかき消したのであろう。むろん人夫も返事をたしかめるひまはないのだ。濁った川にじゃぶんととびこんだ。汀には柳のわくら葉がうちよせられていた。蹴立てるようにして急いだ。

両岸がだんだん低くなるにつれて水量が増して来た。もりあがる川面には粘質土壌の色が濃くなっていた。川は平地にうねって渦巻きをはじめた。容易に捌けぬと叫ぶようであった。先がつかえているために止むなく逡巡して、何かそのことを憤っているような川鳴りの音であった。