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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

第五章

一

甲板から黒い船の腹に斜めに、そのま下のはしけ舟まで架けわたされた梯子を、俯向いて、何か遠い考えにふけって、一段々々とのぼったのである。本船は同じく庚午丸であった。去る日、彼ら主従が、オダルから乗って来たなじみのこの船に、また乗って、再びそのオダルに漕ぎ渡ろうとしている。夢寐にも忘れなかった郷里もとに、二年ぶりで、云わば心ときめかして帰って来た彼らは、そこで暮した二三カ月のうちに、今度はあのイシカリの曠しい野を燬けつくような思いで考えていた。妻や子が待っているばかりではない。気をゆるし合った同じ心の仲間が屯している。――それよりも、そこに彼らの新しく定めた家があったのだ。

ほっかりと、身をあたためる『巣』のようなものである。

彼は肩の荷を甲板におろして云った。

「ご苦労でございました」

「いや――」

「これで安堵いたしました」

日やけのした阿賀妻の顔にかすかな笑いが浮んだ。

二人はデッキに凭れた。陽にかがやいている赭いような陸地をながめだした。これが見おさめだ――と、そういう感傷が思いがけなく二人の胸に湿っていた。

阿賀妻は、開拓使附属船であるこの庚午丸の廻漕が決定し、その日取りを通知してやった後の何日かは、文字通り、おちおち睡ることも出来なかったのだ。