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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

幻覚であったか、そう思いかえしたとき、うおーん、たしかに前方に聞えた。吠える音はよほど近よっていたが、まだ方角は分らなかった。灰色のうす明りは灰色の野山をけじめもなく包んでいた。それから、声は谺するように友を呼んだ。しかも呼び交しながらこちらに近よっていた。

ひ熊もいる、狼もいる!――そう云った戸田老人の言葉が、いきいきと甦った。ぞッと怖毛だつものがあった。それを聞いたのは夏だ。家中が隊を組んで道普請していたときのことだ。だのに、それに出会わなければならぬのは今である。雪に踏み迷ったこの曠野のなかに独りいるときだ。たった一人の道連れを、その餌に供えているような困窮した場合であった。

彼は疲労も空腹も忘れた。げだものの跫音は雪の上にそくそく鳴っているような気がした。

彼は穴にかえった。鋸屋の鋸を取りだした。吹きかたまった雪につきさした。歯を外に向けて砦にした。脇差を抜いて身構えた。

彼は見つめた。

風はふッと、いつか、おどろくほど突然に落ちていた。そして夜が明けていた。曠野は明るみにさらされた。

どこか遠く――ほの青い煙のようなものが目にはいった。