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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

波頭がくだけて浜辺に近い小屋からのぼる炊煙がうす青く目ににじんで来る。

「ご返盃――」と彼はささげた。

窓からこぼれるランプのあかりが、彼のざんぎり頭に赤く散った。

「どうであろう?」

盃をとって、酒を注がせていた邦夷はそう云って脚をはだけた。腿の上に肱をのせて幾らか前屈みになった彼は、旅支度の男の眼をのぞき込むようにした。

「大事なかろうと思いますが」と阿賀妻は云った。

「ふん」と頷いて邦夷は盃をあげた。ちょっとの間黙っていたが、思いだしたように盃をつきつけて、「どうかそうあってほしいのう――」と、多分に呟きの口調で云いつづけた、「ツガルの海では、すべての船が難破いたすのであろうかのう? こうして海を見ながら、船を待っているわれわれの心が通じぬのか、高倉はまだ戻って来ぬ」

廻送米を待っているのだ。

従僕のささげた盆のうえにその盃をおさめた阿賀妻は、「何分とも――」と立ちあがった。膝頭の砂をうち払って、それとなく主人の言葉を待った。

「飢餓も目に見えている、今回、トウベツの地を得るや否やは、われらの危急に関すること」

「しかと承知いたしております」

よし、よし――と目でうなずいた邦夷は、さア行ってくれというふうに顎をしゃくった。