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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

を持っているものと認められた。「イシカリより溯ること十里のツイシカリは伏見に等しき地となり、川舟三里をのぼりサッポロの地ぞ、帝京の尊きにも及ばん」と、そう唱えた旧幕の道路掛りは、未来の繁栄を空想しながらシコツ越えの山道をきりひらいた。この刈分け道路は、西の海港オダル、ゼニバコからサッポロを通り、サッポロ川を渡船でわたって山に登り、チトセの間道を越え、東の海岸にあるユウフツの地に至る。西蝦夷地を目ざすものは向う側から歩いて三日の旅、やれやれと腰をのばすところがこのサッポロ――二人の渡し守りと、数戸の土人の家があったに過ぎない。

そこへ、でんと腰を据えたのがご一新の政府である。――土地をひらき、人民を安堵させ、北門の鎖鑰を樹立する任務をになって遙々やって来た初代の開拓判官は島義勇。雪のなかに建府の繩ばりをしたものである。それからのまると一年間の月日が、カヤの生えた原野に町割りをつくり、アカダモの樹間には、庁舎、倉庫を立ちならばせた。九戸しかなかった昨年までの和人部落は、この年二百十一戸の市街地をつくり、十三人に過ぎなかった住人は、一躍五十倍の六百二十四名になっていた。