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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
夫婦
馬鹿々々しくてならなかった。
その金五郎の眼に、すぐ横にいる谷口マンの姿が映った。
マンは、麻の煙草入れから、キザミをとりだし、短い煙管で、煙草を吸っている。マッチで、雁首に火をつける。吸口を唇にはさんで、軽く吸うと、ポウッと、火が大きく明かるくなる。すこし胸を張り、フウッ、と、煙をはきだす。いかにも、おいしそうである。
金五郎は、珍しい気持で、
「おマンさん」と、呼びかけた。
「はい」
「あんた、煙草のみじゃな?」
その言葉に、マンは、ふいに、赤らんだ。
「わたしに、一服」
金五郎にそういわれて、マンは煙管と煙草入れとを、黙ってさしだした。
なれぬ手つきで、キザミをつめ、火をつけて、一口吸った金五郎は、はげしく、せきこんだ。その眼に、真紅の太陽が、くるくると、廻転した。咳が、脳天の傷にこたえる。涙が出た。
夫婦
真昼間なのに、長屋は、ひっそり閑と、静かだ。今日は、仕事は休みだが、どの家にも、誰もいない。鶏が、二三羽、餌をつついている。
長屋の中央にある井戸端で、かんかんと照りつける秋の陽を浴びながら、マンと、兄林助の女房チヱとが、二人、話をしている。
インド丸荷役の勝利は、浜尾市造をすこぶる満足させた。