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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

九 太平洋航路の打開とフィリッピン攻略

が戦の始まる前に歩兵隊の指揮官は離叛の合図をしてガスカ方に走り去った。騎兵もそれに従った。取り残されたピサロと少数の部下は捕えられて裁判に附せられ、死刑に処せられた。

ガスカはペルー国の秩序を確立して、一五五〇年スペインに帰った。丁度その頃にシャビエルが日本にいたのである。

九 太平洋航路の打開とフィリッピン攻略

ペルーの征服はヨーロッパ人の植民史上に於ても最も暗黒な頁として認められている。征服者たちにとってはそれは十字軍であったが、しかしキリスト教界に於ても最早何人も征服者の暴虐な所行を弁護するものはあるまい。前述の如く既にその当時に於てさえもラス・カサスはこの所行を否定し、そうしてそれが一時はスペイン国の政策とさえもされたのである。しかしこの非人道的な征服事業の内にも極めて強健な探検の精神が動いていたことを我々は見落してはならない。ピサロの相棒であったアルマグロは、ピサロと同じく無学な男であったが、ペルー征服後直ちに南下して、アンデス山脈の中を、今のボリビアやアルゼンチンの西境地方からチリーに至るまで、実に困難な探検旅行を遂行している。またピサロの弟ゴンサロ・ピサロは、キトーの東境からアマゾン河の上流地方に入り込み、さまざまの艱難を嘗めた。