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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

しかもこの太平洋への動きは既にメキシコ征服と時を同じくして始まったのであった。それはマガリャンス(マゼラン)の世界周航である。

「太平洋航路発見地図」のキャプション付きの図

太平洋航路発見地図

ヨーロッパより南西航路によって香料の島に達しようとする考は、既に一五〇三年にアメリゴ・ヴェスプッチの抱いたものであった。一五〇八年には、ビセンテ・ヤンネス・ピンソンとフアン・ディアス・デ・ソリスとがその実行にかかったが、南緯四十度で挫折した。その後間もなく一五一三年のバルボアによる太平洋の発見が強い刺戟となり、この新しい海へ大西洋から連絡をつけようという希望が湧き上って来た。一五一五年右のソリスは南アメリカに太平洋への海峡を発見し、パナマまで出ようと企てたが、ラプラタ河のあたりで土人に殺された。南西航路の打開にはピンソンやソリス以上の巨腕が必要だったのである。そこへ現われたのがマガリャンスであった。

マガリャンスのことは、既にアルブケルケのゴア攻略を語る際に言及した(「前篇 世界的視圏の成立過程」の「第一章 東方への視界拡大の運動」の「五 インド征服」)。彼はポルトガルの北東端の州に生れ、一五〇五年、二十四五歳でダルメイダに従ってインドに行き、一度帰国、一五〇九年にマラッカ遠征に従った。