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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

日本人青年ベルシヨールも同伴したのであろう。出発は十二月であった。

ダルメイダの鹿児島訪問は、シャビエル以来十三年目のことである。そこには到るところシャビエルの息のかかったものが残っていた。彼がメンドサたちと共に訪ねて行った市来の鶴丸城がそうであった。そこには城主の夫人・子・老臣ミゲルその他シャビエルが洗礼を授けた信者が十五人ほどいて、豊後や京都における布教事業のことを熱心に聞いた。翌朝出発の前に城主の二子を初め九人の少年に洗礼を授けた。鹿児島でもポルトガル人たちと共に領主を訪ね、トルレスの書簡を渡した後、日本人ベルシヨールと共に説教した。それから更にメンドサたちを薩摩西南端の坊の津まで見送り、船の乗組員たちの病気の治療に努めた。そうしてその船の出帆の頃鹿児島にひき返し、ここに約四カ月滞在したのである。

ダルメイダの受けた印象では、鹿児島は決してキリスト教にとって不毛の地ではなかった。なるほどここは仏教の勢力が強く、説教を聞きにくるものは少い。しかしその仏僧のなかでシャビエルと親しくした人に接近していろいろ話して見ると、話はよく解った。シャビエルのときは通訳がなくて詳しいことが聞けなかったが、今度はどんな問題でも解答を得ることができたのである。