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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

しかるに丁度その頃、三人衆の親戚の青年で、三箇でキリシタンとなった武士が、越水城の青年武士と共に遊山に行った際、些細な言葉争いから仏像に不敬を加えるという事件が起った。三好三人衆はまた硬化しそうに見えた。篠原長房もこの事件を喜ばなかった。しかしそれは神父の責任ではないというので、半月ほど後に、長房は公家宛の書簡を書き、三好三人衆にも渋々と同様の書簡を書かせた。こうして篠原長房の圧力が漸く内裏に加わり始めた途端に、堺附近にいた三好義重が松永久秀に擁せられて信貴山城に入ったのである。それは一五六七年の五月の初めであった。公家は形勢を観望して容易に返答を与えなかった。松永久秀と篠原長房とのいずれが勝つかは、――況んやこの二人のいずれもが制覇に成功しないであろうなどとは、当時何人にも解らなかったのである。

一五六七年の夏、奈良まで攻め寄った三好三人衆の軍隊は、大仏殿に陣して多聞城の松永の軍に対したが、攻囲半年の後、夜襲によって大仏殿を焼かれ、敗退した。しかし京都制圧の勢力を失ったわけではなかった。篠原長房らは足利義栄の将軍宣下に努力し、年内には成功しなかったが、翌年の三月の初めには遂に成功している。