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さこく
鎖国
和辻 哲郎
日本の悲劇
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页
三好三党は再び摂津に盛り返して、信長に反抗した。石山の本願寺がこれに応じて立った。信長はその討伐のために西下して来た。惟政も信長の部下の有力な将として摂津に転戦したが、信長方は相当の苦戦であった。北方の浅井朝倉は三好三党に呼応して再び立ち、近江の坂本城を攻陥して京都の郊外に侵入し、信長を背後から脅かした。この時信長は、柴田勝家と和田惟政とを殿軍として三好の軍に当らせながら、実に急速に京都に引き返し、咄嗟に坂本に出て浅井朝倉の軍の退路を絶ったのである。浅井朝倉の軍は叡山へ逃げ上るほかはなかった。信長は叡山の衆徒を味方につけて浅井朝倉の軍を降らせようとしたが、衆徒はこれに応じなかった。そこで彼は東と西とから叡山を包囲し、山上の軍隊を自滅せしめようと計ったのであった。包囲の開始は、寒さの近づき始めた十月の末であった。
フロイスが包囲開始後一カ月の頃に書いた書簡(一五七〇年十二月一日京都発)によると、この時の市内の混乱と不安とは実に甚しく、最後の審判の光景を見るようであったという。何故なら、勝利はまだいずれに帰するとも解らず、信長が負ければ京都の町は焼かれ蹂躙されるからである。