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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

叡山焼討で永い伝統を背負った仏教の教権が崩れ、キリスト教弘布の道が開かれたかのように感ぜられて間もなく、布教長フランシスコ・カブラルの巡視が行われた。

カブラルは一五七〇年の夏天草島の志岐に着いてトルレスに代り日本におけるヤソ会の指揮をとり始めたのであるが、志岐で第二回の宣教師会議を開いた後、先ず九州諸地方にとりかかり、それを終えて堺まで来たのは一五七一年の末であったらしい。一五七二年の初めには、フロイスやロレンソを連れて、岐阜に信長を訪ねた。その時の饗応の席で、信長が宣教師の肉食のことを尋ね、カブラルが大っぴらに肉食する旨を答えると、信長はその態度をほめ、「坊主は内証でやっている」と云ったという。仏僧に対する信長の反感は事毎に現われたのであろう。京都では、オルガンチノも一緒に将軍に謁し、非常に厚遇せられた。その後カブラルはフロイスと共に河内や摂津の信者群を訪ねた。これらはビレラの開拓した地方で、そこのキリシタン武士たちの信仰を堅固に維持させて行くことが、当時の京都の最大の仕事であった。でカブラルは復活祭を三箇で営んだ。そうして一五七二年の夏の間に九州に帰ったのであるが、この巡視旅行の全期間を通じて、人々の怖れていたような危険は少しもなく、将軍、信長、その他大身たちから、周囲の人々の驚くほどの優遇を受け