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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

二 荒木村重の背叛と高山右近の去就

それらのことを思うと、先駆者としての信長という人物には、よほど見なおさなくてはならない面があると思われる。

二 荒木村重の背叛と高山右近の去就

信長の艦隊が大坂港を封鎖し、信長の陸軍が播磨における毛利の勢力を、着々と圧迫し始めた一五七八年の暮に、摂津の領主荒木村重は再び逆転して一向宗徒と結ぶに至った。これは本願寺や毛利の勢力に再び活を入れる重要な出来事であった。何故村重がこの挙に出たかは信長自身も理解に苦しんだらしく秘書の松井友閑や明智光秀などを派遣して村重と懇談させ、一時は納まるかに見えたが、村重部下の諸将が沸き立って遂に引きずって行ったのである。恐らく本願寺側の必死の働きかけが利いたのであらう。信長は早速京都に来て討伐をはじめたが、村重は中々頑強で、翌一五七九年の秋に至るまで十カ月の間伊丹有岡城に拠って反抗を続けたのであった。

この戦争の最初に先ず問題となったのは、キリシタンの城高槻城であった。城主の高山父子は、村重の後援によってその地位を得た関係上、村重に背くわけには行かなかった。のみならずダリヨの娘即ち右近の妹と、ダリヨの孫即ち右近のひとり児とが、人質として村重の手許に置いてあった。