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さこく
鎖国
和辻 哲郎
日本の悲劇
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页
それは一五八二年六月二十日(天正十年六月一日)の早朝であった。明智光秀は信長の油断を見て咄嗟に奇襲し、信長と信忠とを、一二時間で片附けてしまった。光秀が何故この挙に出たかは、よく解らない。猜疑か、嫉妬か、或は単なる権力欲か。いずれにしても光秀が、信長に対する衆人の怨嗟ということを宛にしていたのは確かであろう。この暴王を倒せば、衆人はそれを徳とする、と彼は考えたのである。その証拠に彼は、奇襲成功後、直ちに近江に出で、安土城を掠奪占領することを主たる仕事としたのであって、他の部将たちに対する戦略をほとんど考えていない。それは宣教師たちさえも気づいた所であった。安土を命からがら逃げ出したオルガンチノが最も怖れたところは、光秀が彼を捕えて人質とし、曽て信長のやったように高山右近などを味方につける道具に使いはしないかということであった。だから彼は光秀の部下の手中にあったとき、右近に書簡を送り、「たとい我らが皆十字架にかけられても、この暴君の味方になってはならない」と勧告した。しかし光秀は宣教師たちを捕えようとはしなかった。が、それをほかにしても、光秀は、摂津へ進出して諸所の城から人質を取り、その城におのれの兵を入れることが出来た筈である。